翻訳業が立て込むことの多かったこの秋冬、木削りナイフを持てない時間が長くなって、だんだん調子を崩しました。

翻訳仕事を年内は休ませていただくことに決めて、調子を崩したままひきこもっていた日々の中で、偶然目にした「アーツ・アンド・クラフツ&デザイン展」にだけは心が動いて、本当にしばらくぶりに、ご近所界隈よりも遠い場所(=府中市美術館)までひとりで出かけました。

前情報は何もなく、展覧会のタイトルだけ見て、行ったのです。紅葉のきれいな府中の森の、となりの美術館。展覧会場に足を踏み入れると最初に出迎えてくれたのは三点の家具とタペストリーで、一番手前にあった「サセックス・チェア」という編み座の椅子に目が釘付けになりました。

 

1865年に作られた、藺草の編み座の、木製のチェア。背もたれ部分はスピンドル(縦棒)を入れた形なのだけれど、横一文字にも棒を配して十字型にしてありました。作者は「おそらく、Ford Madox Brown(1821-1893)だろう」と書いてあった。

写真撮影は不可なので、急いでロッカーに筆記用具を取りに戻って、スケッチしてメモをとりました。

△ヘロヘロなスケッチ…。

産業革命前の手法で作られた椅子であろうことは見てとれた。つまり、グリーンウッドワークで自分が最初につくらせてもらったスピンドルチェアの親戚であること。

△イギリスのマイク・アボットさんのもとで作ったスピンドルチェア。オール手道具で、アッシュの丸太を大鋸で切って、割って、削って、椅子に。

著作権の関係で、展覧会の椅子をここで写真で紹介できないのがつらいですが、私の椅子とはけた違いに端正なつくりのその椅子は、佇まいもデザインもかわいくて、一気にテンションが上がりました。

やっとその場を離れて次の展示室へ。すると、たくさんの壁紙デザインや本の装丁デザインなどの展示のあいまに、また同じようなスタイルの肘掛け椅子がありました。別の作者によるもの。

さらに多くのタイルのデザインなどの展示を経て、別の展示室に入ったとき、今度は3脚の椅子が並んで展示されていました。少しずつ趣きの異なるデザインでしたが、その右端の1脚は、まさかの、フィリップ・クリセットさんその人が作ったひじ掛け椅子でした。びっくり。もうテンション爆上がりです。

■100年前のクリセット・チェア

フィリップ・クリセットさんは、私が椅子づくりでおじゃましたイギリスのヘレフォードシャーという場所で生まれ生涯そこで過ごした人で、アーツ・アンド・クラフツ運動の中心だったウィリアム・モリスさんと直接交友があったとは聞いていなかったし、この展覧会にクリセットさんの作品が含まれていようとは思いもよりませんでした!

ヘレフォードシャーにある森の工房で椅子づくりをしたときに、クリセットさん作の古いチェアを解体したパーツは見せていただいけれど、現役の実物チェアは写真でしか見たことがなかったのです。それが、なんと目の前にあった……。背もたれにはしご状に背板を配した、「ラダーバック・チェア」。

△クリセットさん作のラダーバック・チェア(写真:Los Angeles County Museum of Art [Public domain])※参考写真:展覧会に出ていたものとは異なります

私の椅子はへレフォードの森に多くあったアッシュ(セイヨウトネリコ)の木で作ったのだけれど、クリセットさんが100年近く前に作ったこの椅子も、アッシュで作られていました。アッシュでつくると、フレーム自体に軽やかさと適度な弾力のある、座り心地のいい椅子になるのです(今もわが家で一番座り心地いいのがアッシュでつくった椅子で、相方のお気に入りになっています)。

展示室で3脚並んでいたほかの2脚の椅子は、材がそれぞれオークとイチイで、どちらももうちょっと重厚感ある感じに仕上がっていて、アッシュほどの軽やかさは感じられなかった。

クリセットさんの椅子は座面の藺草も、素材そのままを編んだような隣の2脚とは違い、細めにコード状によくよじってから編んでいて、座面には落ちくぼみも一切なかった。100年経っているのに!

3脚の椅子を見渡して、一番すっきりと端正なつくりで、座り心地も気持ちよさそうなのは、やっぱりクリセットさんの椅子だな!と感じました。

■「その土地に根差したデザイン」

ウィリアム・モリスたちが売り出して当時大人気を博したという「サセックス・チェア」は、そもそも、ロンドンの南の地サセックスで彼等が見つけた”田舎椅子”のデザインを模したものだったそうです。

「サセックス・チェア」の元となった椅子はどこの誰がつくったものだったのかは、研究はされていはいても突き止められてはいないようです。ただ、「その土地に根差した昔ながらのデザイン(=vernacular design)」だったことは確か。

「その土地に根差した昔ながらのデザイン」は、その風土にあった材料が選ばれることが筆頭にあるように思います。クリセット・チェアも、ヘレフォードシャーのvernacular designだからこそ、材はこの地に多いアッシュが使われたかと。

風土にあっているからこそ、長く使えるクオリティが叶う、というのは大いにあるはずと思います。

クリセットさんの椅子づくりを研究してきたマイク・アボットさんは今も、ヘレフォードシャーで、アッシュ材で糊・釘なしでスピンドル・チェアやラダーバック・チェアを組み上げる手法を共有し続けてくださっていて、それは使い心地のいい素敵な椅子を自分でつくってみれる喜びもさることながら、デザインの歴史を見る上でも、大きなことだなと改めて思いました。

■「デザインの民主化」?

今回の展覧会では、クリセット・チェアのあとに、アーツ・アンド・クラフツ運動を受けてアメリカで展開されたものづくりの流れの中でつくられた椅子も数点展示されていました。手仕事にこだわったモリスと異なり、アメリカでは機械を積極導入するものづくりによって、「価格を下げることで万人に美しい暮らしを」という路線になって、そうなると椅子の風貌もかなり変わりました。

△機械の導入に積極的だったフランク・ロイド・ライトの「ピーコック・チェア」(写真:Frank Lloyd Wright, CC0, via Wikimedia Commons)

機械を導入すると、直線的で抽象度高めのデザインになるのですね。椅子の場合は、角材を組合わせておしゃれなデザインが実現されていましたが、角材の椅子はやっぱり、クリセット・チェアにあったような有機的な軽やかさ・しなやかさはなくなって、無機質な感じが前面に出てきます。そうした「ムダのなさ」こそが機械によるものづくりの美しさでもあるし残念さでもあるんだろうな、と感じました。

(抽象度の高い直線的デザインで、自然の景観との調和を図るという、フランク・ロイド・ライトのセンスと手腕には、しかし、脱帽しました。ステンドグラスの窓のデザインなど、すてきでした。)

モリスが手仕事にこだわったゆえに、成果物の価格が上がりすぎて万人の手に届かなくなった矛盾を考えると、機械を積極導入するというライトの路線は「デザインの民主化」に近づくためのものだったろうし、機械を用いる中で最大限の美を追求した結果だったのだろうなと思います。

でも、「デザインの民主化」という方向性で考えてみるときにも、マイクさんが椅子づくりコースでやっているように「自分でつくってもらう」は一番突き抜けた境地な気がします。デザインへの参加行為そのものを、万人に開く。

何を美しいデザインと感じるか、何を機能的と感じるかは、土地土地で、その人その人で異なります。自分のニーズや好みに合わせてつくれれば最強です。

私がマイクさんのところで椅子をつくった当時は、マイクさんや歴代のアシスタントさんがつくったさまざまな椅子が実際にその場で使われていて、それらを参考に各自が「こんな感じの椅子をつくりたい」と決めていきました。小型ロッキングチェアから、ひじ掛け椅子、シンプルなダイニングチェアまで、どれを選んでもよかった。各自がつくりたい椅子をつくるためのアドバイスやヘルプをマイクさんは提供するのでした。

△マイクさんの「森の工房」で椅子のパーツを木取りする参加者

だれかの手仕事、機械で大量生産された優良デザインの品、そういうものを「入手する」という発想でなく、自分でつくっちゃうという発想。受け身で他者のデザインを受け取るところから、「こうしたらどうだろう?」という工夫の始まりへ。

ひとりひとりが、もっといろいろ自分でつくってみるのが、ほんとうの「デザインの民主化」の始まりなのかな、なぞと思ったりしています。