日本で今紹介されている「グリーンウッドワークの椅子づくり」の源流をたどろうとすると、スペインの編み座の民藝椅子と、イギリス・アメリカの編み座のフレームチェア(背板が階段状になった「ラダーバックチェア」など)にまず行きつくのかなと思います。

スペインの民藝椅子(子どもサイズ、マノロ・ロドリゲス・マルチネスさん作)

アメリカ・イギリスの流れをくむ編み座のフレームチェアたち(久津輪雅さんら作)

スペインの民藝椅子は、21世紀になって久津輪雅さん、加藤慎介さんら日本の草分け的グリーンウッドワーカーの皆さんが一緒になって研究され、つくり方を紐解かれたものです。もともとは1960年代に民藝運動の中で陶芸家の濱田庄司さんがこの椅子を日本に紹介し、椅子というものに馴染みが薄かった当時、木工家の黒田辰秋さんが「椅子の原点」として研究されたものだそう。この椅子については久津輪さんの著書『ゴッホの椅子』が詳しく、とってもおすすめです。

一方、イギリス・アメリカの編み座のフレームチェアについては、イギリスのマイク・アボットさん、アメリカのドリュー・ランズナーさんからつくり方を伝えてもらったものが大きいと理解してましたが、ではマイクさんとドリューさんはどうやってそこに行きついたんでしょうか。

先日たまたま聞いていたポッドキャストで、イギリスでの流れとアメリカでの流れが交差して今に至っていたことを知り、そこから芋づる的に、今のように「パーツを削ってつくる」スタイルの歴史が思ったより新しかったこと、「グリーンウッドワーク」という呼称が最初に登場した本のことなどを知りました。。

■イギリスでの産業革命前からの椅子づくり

手作業でつくる昔ながらのラダーバック・チェアづくりを現在も継承しているイギリスの椅子職人、ローレンス・ニールさんによると、この椅子づくりが始まったのは1800年代のヘレフォードシャー。椅子職人の一人、フィリップ・クリセットさんは1838年から従事していたそうで、ロンドンのアートワーカーズギルド(1884年創設の絵画家・彫刻家・建築家・工芸家らの組織)にたくさんの椅子を納入しました。それらのクリセット・チェアは今も同ギルドでの講演イベントなどで現役で使用されているそうです。

クリセットさんの椅子を当時目にして、ヘレフォードシャーに会いに行き、1890年に弟子入りしたのがロンドンの建築家でデザイナーのアーネスト・ジムソンさん。ウィリアム・モリスさんが主導したアーツ・アンド・クラフツ運動に大きく関わった人です。

ジムソンさんは地元に戻って椅子づくりを始め、地元の若者エドワード・ガーディナーさんと一緒に工房を立ち上げ、椅子づくりを続けました。1919年にジムソンさんが他界したあと、その技とノウハウはガーディナーさんに受け継がれ、そのガーディナーさんに1939年から教わって椅子づくりをするようになったのが、ネヴィル・ニールさん。ローレンス・ニールさんのお父さんです。

ローレンスさんの椅子づくりの系譜が分かる動画(クリセット・チェアも登場します)↓

The Chair Maker: Lawrence Neal

Master craftsman Lawrence Neal has been handcrafting exquisite ladder back chairs for over half a century. The Chair Maker explores his making process, the historic lineage of ladder back chairs, and the existential threat facing modern craftspeople.

というわけで、ローレンスさんは15歳から父ネヴィルさんに学び、50年以上にわたって椅子づくりを続けておられます。ローレンスさんのサイトを見ると、クリセットさんやジムソンさんのデザインによる椅子を見ることができます。産業革命前からつくられてきた、編み座のフレームチェア(ラダーバックチェア、スピンドルバックチェアなど)です。

■生木を「削って」パーツをつくる椅子づくりの始まり

さて、ローレンスさんの椅子の脚や貫は、ロクロで挽いて仕上げられています。ローレンスさんの源流であるクリセットさんは足踏みロクロで挽いていたはず。

クリセットさんゆかりの地であるヘレフォードシャーにて、クリセット・チェアを研究しながら椅子づくりコースを長年営んできたマイク・アボットさんは、パーツは足踏みロクロで挽くのではなく、ドローナイフで削っていく方法をとっています。

実はマイクさんも当初は足踏みロクロでパーツを挽いて椅子をつくっていたんだそうでした。足踏みロクロへの関心がまず最初にあったからです。

そこから、削り馬とドローナイフでパーツを「削るだけ」でつくる椅子づくりに移行したのですが、訪米した時に出会ったジョン/ジェニー・アレクサンダーさんとの出会いがとても大きかったんだそうです。

■アメリカの昔ながらの椅子づくりを研究したアレクサンダーさん

私にとって初耳のことだったので、ジョン/ジェニー・アレクサンダーさんって?と思って調べると、とても興味深いワールドが見えてきました。

Jennie Alexander (1930-2018)

Editor’s note; This morning we received word from Peter Follansbee that Jennie Alexander has died. Her health has been in decline for some time, but her enthusiasm and spirit was intact. Just last week she called to give me a rash of crap about something I had written. Classic Jennie.

ジェニー・アレクサンダーさん(誕生名ジョン・アレクサンダーさん)は、アメリカ・メリーランド州ボルチモアの都市部に暮らしながら、シェーカーチェアや古い編み座の椅子がどうつくられていたかを研究し、生木からフレームチェアをつくる昔ながらの手法を現代に蘇らせたグリーンウッドワーカーでした。

ジャズミュージシャン、弁護士として仕事をしてきた経歴をお持ちで、77 歳だった2007年にジェンダーをトランスされています。

研究の成果を1978年に本にしたのが『Make a Chair from a Tree』で、2018年に他界するまでずっと、彼女のアイコニックな「2スラット(=背板が2枚の)チェア」づくりを多くの人と分かち合い続けたのでした。

このデザインの椅子は「ジェニー・チェア」もしくはイニシャルをとって「JAチェア」と呼ばれています。

『Make a Chair from a Tree』の1978年の初版。表紙に写っているのが「JAチェア」。

『Make a Chair from a Tree』の1978年の初版。表紙に写っているのが「JAチェア」。

『Make a Chair from a Tree』の初版は絶版ですが、改訂版(第三版)がLost Art Pressから出ています。同出版社によるジェニーさんの追悼文によると、この本の初版は、生木での木工が全く知られていなかったアメリカで、果たして受け入れられるのか未知数のまま出されたのでした。

しかも出版直前まで、ジェニーさんは椅子づくり工程の改良を続け、本の内容に変更を加え続けたといいます。とりわけ大きな変更点が、パーツを足踏みロクロで「挽いて」いたところから、削り馬とドローナイフで「削る」ことにしたところ。

ジェニーさんも、当初は足踏みロクロで椅子のパーツを挽いていたのでした。それが、ある会の集まりで椅子づくりのデモンストレーションを行うことになったとき、削り屑が聴衆のほうに万一飛んでは危険とされ、会場で足踏みロクロを使うことがNGとなってしまったのです。

この連絡を受けて、どうしたらいいかわからずヤケを起こしていたジェニー(当時のジョン)さんに、妻のジョイスさんがお茶を入れて落ち着かせてくれて、「足踏みロクロに乗せる前に八角形に(ドローナイフで)削っているんでしょう?それならそのまま削り続けたらいいんじゃない」と言ってくれたのが、「(挽かずに)削ってつくる椅子」の始まりだったんだそうです。

削り馬とドローナイフで椅子のパーツづくり

削り馬とドローナイフで椅子のパーツづくり

足踏みロクロでパーツを挽くのは、初めての人がいきなりスイスイとはいかないけれど、ドローナイフと削り馬で削るのは、初めての人にもわりあい容易です。より多くの人に椅子づくりが開かれることになりました。

マイクさんに至っては、削ってのパーツづくりはロクロ挽きと違ってまっすぐでない材も扱える、木目の自然なわずかな湾曲などを生かしてパーツをつくれる、と積極的に好むようになったのでした。

組み上げまでを終えた手削りのスピンドルチェア

マイクさんのところで組み上げまでを終えたスピンドルバック・チェア。ところどころわずかな湾曲があるのがわかりますか?

「削ってつくる椅子」を最初から「グリーンウッドワーク」として伝えてもらってきた身としては、それがジェニーさんの熱心な研究と突然の創意工夫のたまものだったんだと知って、感慨深い思いです。

ジェニーさんは、「挽く」から「削る」へのシフトの後も、様々な人達を巻き込みながらフレームチェアづくりの研究を深め、工程のシンプル化とデザインの洗練化を進めて、ノースカロライナ州のドリュー・ランズナーさん主宰の「カントリーワークショップス」などで、多くの人と分かち合ってきたそうです。

■「グリーンウッドワーク」の呼称も

実は「グリーンウッドワーク」という呼称も、ジェニーさんが最初に考案したそうです。1978年の著書の中で、Greenwoodowrkingという言葉を使っているそう(ちなみにこの言葉は途中にスペースを入れない一語の呼称とのことでした)。

ジェニーさんもマイクさんも、ご自身を「職人」と呼ばないところ(職人の域にある技術とノウハウと実績をお持ちなのに)、研究と創意工夫が止まらないところ、多くの人と「つくる過程」を分かち合うことを歓びとしているところが共通しています。そんなお二人が「グリーンウッドワークの椅子づくり」の黎明期を担ってくださったことを幸せに感じています。

ぐりとグリーンウッドワークは、ナイフと斧での木削りについては、スウェーデンのヴィッレ・スンクヴィストさんからの流れを受けてやらせてもらっていて、ドローナイフと削り馬での椅子・スツールづくりは、ジェニーさんとマイクさんからの流れを受けてやらせてもらっていることになります…。

どの流れも、日本にたどり着いてから日本独自の展開と発展を続けていますし、そうやって流れは続いていくものだと思います。ただ、おおもとがどこからきたものかは、忘れずにいたいなと思いました。感謝を込めて。

■ジェニーさんにとっての「グリーンウッドワーク」

ジェニーさんについて書かれたものをいろいろ読んだり、ご本人が椅子づくりをデモンストレーションしている動画(Make a Chair from a Treeの動画版など)を拝見していくうち、お人柄にも大変惹かれるようになりました。

Video: Make a Chair from a Tree

With Jennie Alexander Note: This video is available to stream on any internet-connected device or can be downloaded. There is no DRM (digital rights management) used to protect the product. This video was produced by Jennie, Anatol Polillo and ALP Productions. To order a DVD of this video, click here.

いつも誰それのおかげ、何々のおかげ、というふうに語りがちで、ご自身を「幸運だった」とおっしゃるところ。

研究熱心で、昔の椅子のデザインを探求すると同時に、「軽やかな椅子」「ラインの流れの美しさと座り心地のよさ」を目指す独自の美意識でもって、かなり攻めたデザインに挑んでいたこと。

編み座のフレームチェアづくりの実践・研究の先駆者であるご自身を「情報通のアマチュア」と呼び、「生活の糧としてやっている人の技術には及びません」とおっしゃっていたこと。

AA(アルコール依存症者の自助グループ)に32年間属していたことも、鬱に苦しんでいたことも、隠さずにおられたところ…。

ジェニーさんは「Wood is wonderful.」という言葉でお話を締めくくるのが常だったそうです。ごく淡々と工程を説明しながらやって見せていく上記の椅子づくり動画でも、最後にはやはりこの言葉で締めくくっていて。このときの彼女の存在感が、心に残りました。

ジェニーさんが他界する前年のLost Art Pressによる著者紹介記事を読んでいて、次の文章が目に入ったときには、「ああ…」と思いました。

ジェンダーをトランスしたことはジェニーの助けになったが、一方で木工は長年ずっと、不安や孤独感へのこの上ない癒しになってきたと彼女は言う。「自分のままでいられる場」、「自分の創造性を表現できる場でした」と。

ジェニーさんもほんとうに、木削りに救われてきた人だったんだなと思いました。